本を抱えて窓際へ

かつて文学少女だった30代の読書録。大人になってからは、実用的な本も読むようになりました。

読者ハ読ムナ(笑)藤田和日郎はなぜ人気漫画家なのか?

私が今日紹介するのは、『読者ハ読ムナ(笑)』という本。

これは漫画家の藤田和日郎さんという方と、藤田さんの担当編集者だった武者正昭さんと言う人の共著。

藤田和日郎さんは『うしおととら』『からくりサーカス』といった代表作を持つ、少年サンデーの人気漫画家だ。

編集者の武者さんという方は『海猿』という作品を企画して立ち上げた、やり手の編集者。

この『読者ハ読ムナ』はどういう本かというと、漫画家志望の人に向けられていて、かなり漫画家や編集者の手の内を明かした内容だ。

漫画家志望の人に二人が実際に語りかけるようにな文体で、「きみ~なんだったってね。こうしたらいいんじゃない?」みたいな話し言葉で、とても読みやすい。

この本は二人著者がいるのですが、二人とも同じような主張をしていることもあれば、ちょっと違うこともあったり、片方の言っていることをもう片方が補っていたりと、一冊で漫画家と編集者、二人分の意見を知ることができる。

藤田和日郎のアシスタントが必ずやっていること

藤田さんはマンガを描く上でアシスタントを雇っているが、藤田さんの作業場には、一つだけ「ムクチキンシ」というルールがあるという。

絵が下手でも作業に時間がかかっても構わないけれど、作業中に会話の輪に入って来ない人に対してはブチギレるそう(!)。

藤田さんは作業中に映画を流しているが、アシスタントに観る映画全部を五点満点で採点させている。

それで、「何でこの点数を付けたの?」と採点の理由についても突っ込んで質問する。「なんとなく」という理由ではダメで、「こういう理由でこの点数を付けました」と論理的に語れるようにする練習をさせるのだ。

なぜこのようなことをするのかというと、藤田さんはアシスタントに自分の個性を発見してほしいからだという。藤田さんによると個性というのは、「好きなこと」。その答えを探すには外側ではなく、自分の内側を見つめること。

好きなものを言語化することは、自分の個性を磨いていくことだと語っている。また、その反対に、自分の嫌いなものをどれだけ嫌いかを表現するのもアリだと言っている。(アシスタントをしていた人はジャパニーズホラーが嫌いだったそうで、それを作品にまで創り上げた人がいるそう)

さらに、映画を観て採点し合うもう一つの意義は、「自分と自分の作品を切り離す訓練のため」。

自分が高得点を付けた映画を、他の人が低評価をつけても怒らないで、その人の話しに耳を傾けること。

藤田さんが好きな映画でも、自分は好きじゃない・気にいらないことがあったら遠慮なく話すこと。

自分が好きなモノ、相手が好きなモノとその人自身を切り離す訓練は、新人漫画家には不可欠なことなのだとか。

 

新人漫画家というのは、作品をけなされると自分の全人格を否定されたような気持ちに陥りがちだ。でも、作品と自分を分けて考えらえるようになると、編集者からのダメ出しも素直に受け入れることができるようになるし、読者にけなされても不必要に落ち込まないようになれるという

週刊誌の漫画家は毎週評価に晒されるので、この自分と作品を切り離して捉える訓練は長く漫画家として食べていきたいなら不可欠なのだ。

その他にも、

  • 読み切りを描く新人は「ひとの心が変わる感動のドラマ」を描くべき
  • 「ひとの心が変わる感動のドラマ」を描くには主人公の足りない部分を求める物語を作るべき
  • 読み切りには読者が想像した斜め上のハッピーエンドを用意するべき
  • リアリズムよりも「マンガとしての正しさ」を優先させるべき
  • 「まずは自分が楽しまなきゃ他の人を楽しませることはできない」というのは嘘で、作りては苦労しなくちゃできないし、自分だけ楽しむと客観性が失われる

など、創作について、興味深いことをたくさん語っていた。

かなり具体的なアドバイスが述べられているので、漫画家になりたい人は必読だろう。

『読者ハ読ムナ!』を読んだ感想

漫画家志望の方に限らず、あらゆる職業にもあてはまる部分もあるのではと思った。

何かミスをすると「なんて自分は駄目な奴なんだ」と自分を責めて落ち込んでしまう人も多いが、自分の行動・仕事と自分の人格を切り離して考えれば、必要以上に落ち込まず冷静に対処できるようになると思いました。

また、個性の探し方のアドバイスもとても面白かった。自分のことは意外と自分でもわからなかったりするが、映画や本などの作品、人の考え方などに触れて、自分がどんな風に反応するのか観察してみると、きっと、今まで知らなかった新しい自分を発見できはずだそう考えると、普段読まないような本、普段見ないような映画も、たまには触れてみるといいのかも。