本を抱えて窓際へ

かつて文学少女だった30代の読書録。大人になってからは、実用的な本も読むようになりました。

寺山修司の『田園に死す』ー鬱陶しい母性に蝕まれてゆく恐怖と恍惚。おすすめ邦画

良い意味で、クレイジーな映画だった。

夢野久作や江戸川乱歩のようなエログロナンセンス、シュールレアリスムをぐつぐつ煮込んだ、とっても濃い味の作品。

暗くて閉鎖的で狂気に満ちた田舎から抜け出そうとする、寺山修司の少年時代を表象するような一人の少年の物語だ。

舞台は、あの世とこの世の狭間にあるような、日常の中に死のにおいがする恐山の麓

八千草薫扮する若い嫁を喰い物にしようとする隣人親子、生んだ子を生贄に捧げるよう迫られる女、爛れた性を謳歌する変態サーカス団、噂話に興じる黒装束集団、そして夫亡きあと一人息子を放すまいと執着する少年の母。

少年はそんな混沌に満ちた故郷を捨てどこかへ旅立つことを希求するが、ふるさとの大地は易々と少年を解放してはくれない。

混沌の中でもがく少年を、母なる大地は執拗に抱きしめる。

優しく包み込んでくれる母性の中は、まるで子宮の中のように暖かく、心地が良い。

だが、その中で少年は芽生え始めた自我をどろどろに溶かされていく。

母性の中で、少年は自分の「時間」を手に入れることさえできない。

閉ざされた家の中で四六時中鳴り響く壊れた柱時計の音が、少年の耳から離れない。

少年は、年頃らしく女性の存在にたまらなく惹かれる一方で、混沌とした女性性ー母性ーに呑まれてしまうことを何よりも恐れていた。

思春期の頃の性への憧憬と戦慄が入り混じった、甘くもほろ苦い気持ちを思い出した。

作品には、死と血のにおいが濃厚に漂っている。

鮮血のような赤は、作中で繰り返し画面に現れる。

そして、少年時代の頃に果たせなかった「母殺し」をするために、二十年後の少年が村にやって来る。

愛するが故に人生の重荷となる母を殺すため、縄と鍬を用意していざ生家へ・・・。

 

何の説明もなく主人公が野性爆弾みたいな白塗りだし、前衛的でシュールだけど、流れているテーマやストーリーはわかりやすいので、「わけわかんない映画はちょっと」という人でも楽しめると思います。ラストシーンも、一度観たら絶対に頭から離れなくなる類のものでした。

ちなみに『田園に死す』は、時代劇で多くの悪役を務めた菅貫太郎さん唯一の主演映画でもあるそうです(個人的に、若い頃の菅さんは町田康さんに似ていて男前だなと思いました)。

 

田園に死す

田園に死す

  • 菅貫太郎
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